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「有機農業で地域や環境を守るということ~山口農園の取り組み」

奈良県・(有)山口農園 山口貴義さんより

有機農業と言えばどのようなイメージがおありですか?食の安全安心や環境保全でしょうか?

一般的には、農業界で問題になっていることは大きく二つあります。

・増え続ける耕作放棄地現在約45万ha東京都約2個分でさらに増え続けています。
・進む高齢化就農平均年齢 67歳山口農園の宇陀市では70歳を超えています。

山口農園では、有機農業で上記が関連する過疎化や鳥獣害の問題、農地を活かすことでの景観の維持、そして農業へ参入する若者を増やす取り組みを行い、次世代へ繋ぐ環境保全に努めています。

山口農園での主な取り組みは、3つの柱があります。

① 完全有機JAS
圃場は100 %有機 JAS認定を受けており、主に葉物 野菜を育てています。

② 山口農園グループ
若い新規就農者の独立支援をしており土地の斡旋や行政への橋渡し、技術指導、生産計画から販売まで 支援しています。2013 年から取り組み始め、現在グループが10名を超えました。高齢化により地域から管理依頼された土地を農業委員会で利用権設定をしてお預かりします。JAS申請できるまで弊社学校の学生圃場としてお預かりして独立希望者があれば、その土地を地域ごと新規独立希望者へ移管しています。新規独立希望者は土地を探さなくてよくなり早速JAS圃場が手に入りやすく山口農園が担保となることでその者がどういった者かは関係なくすぐに地域に認められる存在になるのです。またそのJAS有機野菜は山口農園が買い上げることにより販路の心配もありません。

③ オーガニックアグリスクール NARA
有機農業を初心者から勉強できる学校を 2010 年から運営しています。受講料無料です。 卒業後、就職や独立への斡旋をしており一人でも多く農業人を育成するため運営しています。

高齢化が進む農業。それでも誰かが農業をしなければ!────

今回は少し違った角度からお話をさせて頂きます。日本の農村は急激に過疎化や耕作放棄地化が進んでいます。しかも国土の七割が中山間地域と言われています。中山間地域とは簡単に言えば傾斜地で標高の高いところが多く日照時間・気象・水温などの影響を受けやすく農業が平坦なところより困難な地形をいいます。しかし多様な農林産物の供給や水資源のかん養、豊かで美しい自然環境に恵まれた中で青少年教育の場となり伝統文化の継承などの重要な役割を担っています。そして農業を継続することで災害に対しても大 きな防御機能をもたらします。これらを農業の多面的機能と言います。

例えば水田があれば雨水を一時的に貯留し洪水や土砂崩れを防ぎ多様な生き物を育み、自然循環型の天然な営みを生み、また棚田などの美しい農村風景は心を癒してくれます。しかしそういったことを維持するためには農業が継続的でなければなりません。

そんな中、農業就業人口も年々減り続け数十年前の約550万人と比べると三分の一以下の約170万人になり、農業をする人の平均年齢も現在67歳となっています。平均がですから通常の業界ならすでに退職年齢を超えています。それが農業は6 歳が平均であり現役年齢なわけです。

ではなぜ高齢化するのでしょうか?ズバリ若い方にとって農業が魅力ある仕事ではないからです。理由としては、拘束時間が長いこと、休みがない、収入が安定しないなどです。さらに全業界的に人材不足でいわゆる売り手市場になっています。さらに働き方改革という言葉を最近よく耳にするようになり、こうし た時代の流れに農業界も対応していかないと人材確保がさらに厳しくなります。しかしそれでも、誰かが農業をしなければ、地域や環境は守っていけないのです。

脱サラして飛び込んだからこそ見えてきた、農業の姿────

今から15年前、すでに耕作放棄地化が進み、若い方が都市部へ出ていき、限界集落が見えていた山口農園のある地域もそのような事態になっていました。そんな中、妻の実家であるこの地で有機農業の会社を設立したいからサラリーマンを辞めてくれと義父から相談を受けたのです。私は非農家でずっとサラリーマンでしたので、農業経験もなく時々手伝う程度でしたが、農業はしんどいだけの仕事と思っていました。しかし農薬や化学肥料を使わないことで水や空気、土壌の環境を守り、生きていくことのできる世界を、後の子孫へ繋いでいかないといけない、そして自分も他人も食べる野菜は同じものでないといけない。という素晴らしい考えをもっておられ、そういった有機農業を確立し世の中に広めていくことが出来ればどれほど素晴らしいだろう!と強く思うようになり、脱サラを決心したのです。

しかし多面的機能を維持したり、 農地や地域を守ることは一家族ではとうてい出来ないのです。その為には地域の理解を得て、そもそも多くの担い手が必要であり、若い人が農業へ参入したくなるシステムを作らないといけないと思いました 。

当初、有機農業で会社を設立することは地域にとって良く思われませんでした。というのも、農薬を使わないことによって虫が集まり、虫害が増えるので農薬を今以上に買わなくてはならないと苦情を言われる方が多くいたのです。また、保守的な田舎では知らない人が地域に入ることを強く嫌いました。地域に信頼を得るために地域の為に何が出来るかを本業の農業とは別に考えなくてはならず、併せて農地が荒れる速さに間に合う農業をしなければならないなど課題がまったなしに多くありました。

会社設立後は、まず仕事を分業化して時間のロスを少なくするため人を雇用し、ルールを作り、組織化をはかりました。通常、農家は家族全員で同じ時間に起きて同じ作業をします。農業は百姓と言われるように様々な仕事がありますが、全員で同じことをすることで足並みを合わせることが多く、例えば朝ごはん、休憩は全員が揃うまで待つことが多く、夏場の酷暑時の昼は家で昼寝をして夕方涼しくなってから動き出し、夜中まで仕事をするということが当たり前のようにあり、やるべき事をやるにはとてもロスが多かったのです。それは工場でいうと稼働率ゼロの時間帯がたくさん発生するということです。

農業存続のために、今できることは何か────

生産や収穫、袋詰めや営業など別々にスタートして動けばロス分は解消され、その分の労働時間給に還元されると考えました。さらに品目を限定し、生産性を上げることで利益が生まれ、農業でも採算が合うと考え、現在の形(生産部、収穫部、調整部など全7部署)になりましたが、家業を企業にするために、家族と何度も衝突を繰り返しました。

2005年の設立当時、地元には20件近くの農家さんがいましたが、とうとう昨年に1軒になり、その方もいよいよお米の収穫をもってリタイアされてしまい、現在、いわゆる農家さんはゼロになってしまいました。 都会へ出た息子さんから、今後は農業の手伝いもしたくない、と言われたそうです。

このように、農業は一般的に若い方にとって魅力を感じてもらえません。あるいは魅力を感じてもらえても理想だけであり、生活を考えれば仕事として生計を立てるのは無理困難だと思われています。農業をする人が減少すると農地が守れなくなり、遊休地化や荒廃地化が進んでしまい、地域は荒れ果て環境を保全することはできなくなります。

有機農業はさらに農業の中でも厳しい農法です。全国に占める農地の有機栽培面積率はたったの0.5%です。単純に言うと、世の中の農産物で有機野菜は1%もないということです。

有機農業が広まらない大きな問題のひとつに草刈りがあります。例えば、草が生えれば当然草刈りを、除草剤無しで行います。草刈り機や鎌で草を刈るには、どれぐらいの時間がかかるでしょうか。また、その場所がのり面など傾斜地になっていれば、どんな体制で草刈りをしないといけないのか、一度草を刈っても、シーズンをみると数回刈らないと農業が出来ません。また出来るだけ草が短い間でないと作業時間が何倍もかかってしまいます。現在山口農園では、地元地域の管理農地は、東京ドーム二個程度の面積をハウス施設165棟で管理していますが、それ以外にも景観や土のことを考え、ハウス施設のない路地や近隣周辺の土地も当然草刈りをします。

農業に不可欠なのは、人と人の関わり、そして土づくり────

そして、地域といかに上手く共存共栄できるかが大きなポイントです。農業は他産業のようにその場所 だけでは完結しないお仕事です。農業は水が要りますが、水を川か井戸から使うには通常「水利権」が発 生します。つまり利権のある水源を使用するには、それぞれ地域の水利組合長の許可がないと使えないのです。また、農地に面した道は、国道県道だけでなく、多くは農道に面しています。農道は、行政だけが お金を出したのではなく、地元地域がお金を出して出来た道です。この道を通る権利を我々は「通行権」 といいますが、地域に嫌われるとその農道すら通れません。自分だけではなく地域全体が発展する思いを 共有して共存していく気持ちが無ければ 、地域を守る農業は成立しないのです。

その為に仕事とは関係のない様々な清掃作業やお祭りごとや、地域の慣習などに地元の方と力を合わせ て取り組み、地域を皆で盛り上げなくてはなりません。よく農業は土と触れるので人間関係が苦手だから 人と関わらない農業なら大丈夫と思われている方がおられますが、間違っています。地域を守る農業ほど 人との関わりやコミュニケーションが必要 であり、他業種以上に求められる能力なのです。

さらに当然ですが、有機農業で大事なことは「土づくり」です。いかに微生物が活性化できる土壌を作 るかですが、化学肥料のように有機堆肥は即効性がありません。つまり、正しく土づくりが出来ているか どうかは、数か月あるいは数年後にならないと分からないのです。さらに難しいのは、同じ地域であって も、その場所やポイントによって土の性質は様々です。弊社農園の同じハウス内でも日照時間や勾配によっ て土壌環境が全く違います。ですから土を取って微生物単位の検査にかけることだけでは、全てをはかれ ないのです。

山口農園が有機JAS認証にこだわる理由────

それでは話を変えて 有機 JAS についてお話しします。 有機農家さんが真心をこめて育てる野菜は美味しく価値の高いものです。生産者の顔が分かれば有機 JAS 認証 など 必要でない、と思われる方も多いと思います。そこで、山口農園がなぜ有機 JAS認証 にこだわる のか、 取ることでのメリットをお話しします。

まず有機 JAS の定義として簡単に言うと、葉物野菜のような有機農産物で認証を取る場合 、 最低 2 年間 (多年型品目は 3 年) 有機的に土づくりをしてからでないと有機JAS認証はとれません。つまり、新規就 農者が 土地を借り、いきなり有機JAS を取ることができず、最低 2 年間は無収入で土づくりをしなければ ならなく、これが認証を取ることのハードルを上げています。つまり2年経たないと化成分が抜けないという国の判断です。

そして認証をとるためには、隣地などからの農薬の飛散などを防ぐ対策が、マニュアル化して完璧に取られていることも必須要件です。例えば路地でいくら自分が有機栽培をして安全安心な有機野菜を作って いると思っていても、周りから農薬や有害な化学物質などが飛散してきて付着し 、 人体に害を与える可能性があり、 その観点でも有機 JASはリスクを回避する機能があります。

また、意外に知られていないのはトレサビリティ(栽培履歴管理)です。有機JAS法では農産物に応じて一 定期間、根拠書類の保管義務があります。通常、農家さんが出荷した野菜のことをどこまで覚えているでしょ うか? 現在出荷している野菜については、お店でお客様に直接説明が出来ると思いますが、半年前や一年前 となればどうでしょう? 有機 JAS は 何かしらの問題が発生したとき原因究明がしやすく、詳細がいつでも過 去へ遡って調べることが出来ることで、より安心安全がうたえます。

さらに山口農園では栽培履歴を5年以上保管し、誰が栽培や出荷作業をしたのかも記録・保管しています。 しかし一度認定を受けても毎年認定の更新があり、現地での農地や書類の厳しい検査もあります。山口農園で も A4 用紙が約 15 センチの厚みになるほどの書類を毎年更新時に作成しています。その日常の事務量と管理 の大変さがゆえに、認定者は増えず、有機JAS率は全体のたった 0.2% と言われています。

その他に有機JAS法では、別表に、使える資材が意外に多くあります。もちろん原則的に天然由来のものですが、山口農園ではそれらの資材を使うことなく自家製堆肥のみで野菜を育て上げています。また通常、農業は追肥をします。それは土本来の力だけでは野菜が育たないからです。しかし山口農園では追肥を行いません。 単純に種をまき、後は水や光、風の管理だけです。つまり有機農業は本来お金がかからない農業なのですね。

共に考えたいのは「いま、何を優先すべきか」────

最後に、 種子法廃止問題で在来種や固定種と言ったことがより注目されています。もちろん、それまでそこで育った遺伝子情報をもち、虫や病気に負けない野菜を取ることは、体にとっても、地域にとっても健全で大切なことです 。

しかし、限界集落が増え続けるいま、過疎化、遊休地化や荒廃地化を防ぐ為には、農業を継続する必要があり、種を取ると、生産性が悪くなるので(花を咲かせるまで待たないといけない)農家の採算が合わない問題が生じてきます。高齢化で労働力が弱い限界的集落など、地域によっては農地を荒らすより改良された品種であるF1 種(ただJAS法に沿ったもの有機的なものに限る)を使用しなければ、過疎化や鳥獣害被害などのスピードに追いつかなくなってしまうのです。

例えば、農業者を全員「公務員」にするなど、斬新な生活保障制度があれば理想的なのですが、財源をどう確保するかを考えると上手くいきません。否定すべき事柄を全て拒否して、理想だけを求められれば良いですが、改革や改善はすぐには達成されません。方向性が間違っていてはダメですが、最後に向かうべき目的に到達するためには現実的でないことが多いなと、実際農業をしていて感じることは多々あります 。

大切なのは、関心を持ち、行動し、選択をしていくこと────

ですが、これまでお話ししたように、農業で社会貢献が出来る事はたくさんあります。もっと言うと、色んな正解がたくさんあるとも言えます。実際、山口農園の有機野菜を買っていただけることで、弊社だけでなく山口農園グループの若い独立就農者の応援になっていますし、本来耕作放棄地になる土地を保全することになって、もっと言えば、地域の微生物などの生き物や、将来次世代の環境を守る一票を投じて頂いていることに繋がっています。本当にありがとうございます。感謝しかありません。

それぞれの土地や地域性、周りの環境や育てる作物、農法など様々な取り組み方があり、どれをとっても誰にとっても完璧な状態にすることは困難でしょう。また色んな状況は必然であり偶然ではありません。でも、それぞれに好き嫌いなく関心を持ち、身の丈にあった範囲で行動し、情報が偏ることなく分析をし、最終的に広い見識で自ら選択をしていくことが大事だと思います。

それぞれの小さな力がたとえ全体の数割にでもなれば、世の中を大きく変える力になるはずです。山口農園は、大きなことは出来ませんが、お話した取り組みが日本の農業を変えるきっかけになり、また地域から全国、 さらに世界へ次世代が生き生きと暮らせる世の中であってほしい、そうなるように、そんな歯車の一つ になれればという思いで今後も精進していきます。